2021・5・26 Instagram

若者たち

其の地(社)がどうなるものか

一番わかり易い判断材料

それは若者達の目の輝きに他ならない

Photo by samer daboul on Pexels.com

以前のブログで40年後を見据えると言う趣旨の事を書きました。

40年後の企業を占う一番のカギ、それは若手社員達です。

極端な話ですが、社長本人を見るよりも若手社員を見て話して感じたことの方が、正確に企業の将来性を感じると言っても過言では無いと思います。

もちろん、素晴らしい経営者はそれを肌身で感じているので、当然若手社員への関心は強くなります。何せ一番長く自社で働いてくれる方だからです。(そこに誤解が生じ、幹部社員はじめ中間社員との軋轢が起こるケースもあります。社長に対する理解が深い幹部がいれば問題ありません)

それ程までに、自分の代かせいぜい子の世代のことまでしか考えていない経営者が多いのです。其の時のことは息子に任せれば良いなどとんでもありません。

もちろん経済状況も分かる筈は無いので仕方がありませんが、何かの分岐点や決断を迫られる時の判断材料の一つとして持てば良いんだと思います。常に理念に沿った意思決定を旨としている方は意識するまでも無いでしょう。「そんな先の事わからないよ」で良いと思います。其のための経営理念です。ネイティブアメリカンが七代後の子孫のことを考えて判断することと似ています。

何が言いたいのかといえば、それだけ社長の背中に人はついて行っていると言うことです。

先日、仰せ付かる八王子商工会議所青年部の「論語と算盤」委員会(月一回地元若手経営者と論語を素読する会)の章句がこれでした。

「子曰く、後世恐るべし。焉んぞ来者の今にしかざるを知らんや。四十五十にして聞ること無くんば、それ亦恐るるに足らざるのみ。」

その際、以前ご指導頂いた行徳哲男先生の檄文を思い出しました。ご存知の方も多いと思います、王貞治さんや松岡修造さんのメンターですね。

「若者達よ。いつの時代でも変革は若者達から始まった。

いつの時代でも、疑問、覚醒、憤怒は若き者の特権だ。

安寧、規則、常識は老いたものの繰り言に過ぎない。

一つの組織が前例や慣習や秩序に縛られ固定化すると、いつか自家中毒を起こす。

そして停滞し、やがて崩壊に向かう。

組織は常に退社と回転と改革を図らなければならない。

若者たちの血気は、現状を少しでも理想に近づけようとする若者の運動じゃないか、、、、」

とこの後も胸を熱くする文章が続きます。

何度もこの文章に励まされました。

そして今も、あの時は届かなかった。歳も重ねた。しかし、立場変われど志を忘れず前進しようと、この檄文を噛み締めます。

大化の改新、明治維新、など歴史は若者によって塗り替えられてきました。

現在、国の舵取りをされている中心の方は、いわゆる団塊の世代の方々です。

私はリアルタイムでは知らないのですが、多くの方は60年代から70年代学生運動があったのだと思います。それはどの様な思い、どの様な怒りから生じたものなのでしょうか。単に安保法のことなのでしょうか。戦争を直接知らない世代の方達が何を思い何に突き動かされたのか。

そして、、、その時活動された方、突き動かされた方は、今の現状をどの様に見ているのでしょうか。

若者たちに希望の光を見ているのでしょうか。

若者たちに託す思いは何なのでしょうか。

少なくとも私は、若者たちに希望の光を当て続け、その狭間で苦悩し、それでも向き合う事を諦めない人々を知っています。

そして私もそうあり続け、一人でも多くの分かち合える出会いを望んでいます。

皆さんは如何ですか。

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